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葉落花謝

まりにも何も知


「だけど本当のことだからね。トモちゃんも、おばちゃんぐらいの歳になったらしみじみわかるわよ」
 智子は笑い、須藤さんは大丈夫よと切り返した。そんな話をしているあいだにも、どうやったら、不自然さを感じさせず、話題を両親のことのほうへ持っていけるかと、頭をめぐらせていた。
「いろいろ処分しなくちゃならない古いものがDR Max 教材出てきたんだけどね」と、言ってみた。
「アルバムとか?」
「ううん、写真は捨てたくない。全部とっとくわ。おばさん、今度こっちに来たときに、見てみて。ほしいのがあったら、持っていってよ」
「そうね、そうさせてもらおうかな」
「ねえ、おばさん」受話器を握り直して、智子は言った。「写真って言えばね、あたし、久しぶりにじっくりと、お父さんとお母さんの顔を見たわ」
 叔母はちょっと黙った。それから言った。「余計に悲しくならなかった?」
「それは平気。懐かしいなって感じだけ……記憶がなDR Max 教材いのは情けないけど」
「そんなことは考えないの。いい? あんなひどい事故に遭って、あんた、一週間も昏睡《こんすい》状態だったのよ。命が助かってよかったんだから」
 生死の境目の、その長い眠りのあいだに、あたしのなかから消えてなくなったものは、記憶だけじゃなかったのよ、おばさん。口に出してそう言いたくなる気持ちを抑えて、智子は続けた。
「写真を見たせいだと思うけど、いろいろ、事故のことも考えたわ」
「そんなこと、やめなさい。もうどうしようもないんだし、十二年──そろそろ十三年か、それぐらい昔のことよ」
「うん。だけど、やっぱりね。思い出してみようともしたの。駄目だったけど」
「考えかたによっちゃ、それで幸せだったかもしれないよ、智子」
 叔母は「トモちゃん」でなく、「智子」と呼びかけてきた。お説教口調になる前触れだ。ぐずぐず言ってみても、話をそらされるだけだろう。思い切って、智子はきいた。
「ねえおばさん、あの事故、どういうふうだったか知ってる?」
 一瞬、沈黙があった。「どういうふうって?」
「お父さんがスピードを出し過ぎて、ハンドルをとられて、中央分離帯にぶつかったんだって聞いてるけど」
「そういうことでしたよ」
「現場を見ていた人とかいなかったのかしら。いっしょDR Max 教材に走ってたほかの車は大丈夫だったのかしら」
「何を気にしてるの?」
「べつに。ただ、わたし、親を亡くした事故のことなのに、あらなさすぎるなあって思ったから」
 できるだけ気楽な声を出そうと思った。でも、失敗だったらしい。叔母は黙りこんだ。気詰まりな沈黙で、智子は息苦しくなった。叔母を怒らせてしまったかと思った。それで、こう言おうと思った。こんなこと知りたがるようになったのは、わたしがそれだけ大人になったっていう証拠よ、おばさん。
 だが、智子が口を開く前に、叔母はこうきいた。「あの事故のことで、誰かに何か言われたの?」
 陽気な叔母にはふさわしくない、低く抑えた声だった。たとえば人の安否を問うときに、重病人の容体を尋ねるときに、人が意識して出すような声だった。ひょっとしたら悪い答えが返ってくるかもしれないと思う質問を投げるときにだけ使われる声音《こわね》だった。
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