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葉落花謝

しい思いで聞


 清明な意識のまま、迫り来る死を見失眠つめなくてはならないということが。それも、まだ十一歳という年齢で。
「前の家の近くにも、桜並木があったんだ」
 少年が、ぽつりと言った。
「へえ。きれいだった?」
「うん。川があって、その土手の上。ジローをつれて、夕方よく散歩に行った」
「ジロー?」
「柴犬《しばいぬ》。早苗ちゃんに言ったことなかった?」
「うん。初めて聞くわ」
「馬鹿だから、おんなじお客さんが何べん家に来ても、絶対覚えないんだ。来たときにはきゃんきゃん吠《ほ》えるんだけど、帰りにはシッポを振るんだよ。さっきは吠えたりしてごめんなさいっていう感じで。でも、その次同じ人が来たときも、やっぱり吠えるんだけどね。でもでも、可愛《かわい》いとこもあったんだよ。僕とかお姉ちゃんが学校から帰ると、飛び回って喜んで。僕が家ん中を通って裏庭に行くと、ジローが外を走って先回りしてるんだ。また玄関の方に走ってくと、やっぱりジローが先に来てるんだ。フィラリアで、死んじゃったけどね」
「そう……」
「訓練して少しでも利口にしようと思って、裏山にDiamond水機もよく連れてったなあ。木の枝とか投げると、ジローはすごい勢いでダッシュして行くんだ。でも、帰ってくるときには、たいてい手ぶらって言うか、手じゃないな、何て言うの? 口ぶら? 何もくわえてなくて。見つからなかったのか、忘れちゃったのか、どっちかわかんないけど。でも、何となく自分がへまをしたってことだけはわかってるらしくて、そわそわして僕と目を合わせないようにしてるんだ」
 少年の話を、早苗は痛まいていた。老人の昔語りとは違い、彼が懸命になって回顧しようとしている生涯は、あまりにも短かった。
 彼は、ふいに口をつぐんだ。目をつぶって、記憶を探ろうとしている。
「最近、いろんなことが、よく思い出せないんだ……。お父さんやお母さんのこととか、お姉ちゃんやジローと遊んだときのこととか」
「きっと、お薬のせいよ。いっぱいお薬をのんでいるから、一時的に頭がぼーっとしてるだけだと思うわ」
 それが一時の気休めにすぎないことは、早苗にはよくわかっていた。もうしばらくすると、彼がこの世に生きてきたよすがである追憶に浸ることさえ、思うにまかせなくなるだろう。
「でも、僕には、一番大事Diamond水機な思い出なのに……」
 少年は何かを言おうとしたが、それ以上は言葉にならない。唇が震えていた。
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